1980年代にバリ島にラフティングを導入したのはナイジェルとヤニー夫妻でした。バリ島初の参加型アドベンチャーとして、ラフティングはたちまち大成功をおさめました。その後、多くがナイジェルとヤニー夫妻に続いて開業をし、今やバリ島のラフティング会社は35社となりました。激しい生存競争の中、廃業していく会社が後を絶ちません。そんな中バリアドベンチャーラフティングの勢いは止まらず2012年現在、数百万ドル規模のアップグレードプロジェクトの最中です。

ラフティング業は大成功となりましたが、メイソン夫妻の歴史はそれより前に遡ります。それはクタ地区の伝説のヤニーズレストランです。1980年代にナイジェルは成長が著しいオーストラリア人マーケットに対応したレストランがクタ地区に無い事に目をつけヤニーズレストランは生まれましたが、このレストランの成功は、長時間の労働や本人たちの生活を犠牲にした上でのものでした。

バリ島での二人の挑戦が開始した時が、30年のアドベンチャーの始まりでバリ島観光業の発展と共に歩んでいきました。ナイジェル夫妻は当初資金もなく、親戚や友人に借金をして開業しました。ヤニーズレストランはオーストラリア人が自国で食べるような食事を提供し、夜遅くまで営業していたため、彼らは幼い子供たちと共にレストランに泊り込みで働きました。

彼らは昼間には町中を歩きチラシを配って回り、そのうちオーストラリア人の間ではバリ島での人気の訪問先として話題となりました。

ラフティングのオペレーションは1989年に開始しました。計画性、安全性、品質、マーケティングなどはもちろんこの新しい冒険に欠かせない重要な要素でしたが、それより必要だったものはナイジェルとヤニー夫妻のやる気、根気、情熱、希望といった精神面の強さでした。

ラフティング業のあまりの成功の勢いに恐れをなした政府の圧力により2年間営業停止をしいられるものの、その間戦い続けた夫妻の願いが叶い、1996年に再び営業が開始されます。

バリアドベンチャーラフティングの営業が停止していた間も夫妻は宣伝活動を続けていました。そんな時、新聞社に広告を出したはずがメイソン氏の代理人を語り広告のキャンセルを申し出た人物がおり、結果的に広告は出されませんでした。新聞社がその後ナイジェル氏に連絡をとったところ、もちろん広告のキャンセルなどは希望しておらず、新聞社が確認もせずに広告を中止したことにナイジェル氏は憤慨しました。その後、事実関係を調査した際に判明したのは、ナイジェル氏の代理人を語り広告の中止を申し出たのは当時の州知事のスタッフだったのです。

やむなく営業停止を強いられていた時期に、メイソン家族はその絆を深めていきました。その中で、家族の将来を考え環境問題への関心が高まっていったのは極自然の成り行きでした。彼らは自費で自宅の裏の沼地に150,000から200,000ものマングローブの苗を植え始めました。それは10年以上続いた政府からの嫌がらせの最中も自然を愛する気持ちだけで淡々と続けられました。政府の言い分は公の土地で観光業を営業してはならないなどの理由でした。しかし、このマングローブの植林活動は2005年に終了を遂げます。政府の役人が突然チェーンソーを持ってやってきて一本残らず木を切り倒し、そこをごみ処理場へと続く道へと変えてしまったからです。

会社の宝箱の中で、ひときわ輝かしい一面を放っている宝石が、ウブド近郊タロ村のエレファントサファリパークです。3.5ヘクタールもの熱帯植物園からなる当パークにはここで生まれた3頭の小象を含む30頭の象が暮らしています。パークの施設は全て世界クラスの基準で建てられ、世界中のお客様はもちえろんメディア、マスコミ、動物専門家、セレブ等が世界でもまれにみる質の高いパークと称して訪れてくださっています。

エレファントサファリパーク内には豪華な宿泊施設であるエレファントロッジをはじめ、国際的基準のレストラン&バー、象の博物館、情報センター、ギフトショップ、ウェディングパヴィリオン、スパ、フィットネスクラブ、象のための水浴び場、アマゾンの魚が住む池、ヘリポートがあります。その他、パーク運営の裏方である研究室、エイジニアリング室、ガーデニングワークショップ、ランドリー、3つの駐車場、象の糞のリサイクルエリア、大型キッチン、ベーカリーなどの施設がパークの円滑な運営を支えています。

メイソン夫妻はパーク内のガーデニングだけに150万ドルをかけており、そのガーデニングのセンスのよさは一時期所有していたバリバードパークの各所にも散見されました。当時、彼らの情熱とエネルギーによってバリバードパークは見違えるほど美しくなり、そのゲートをくぐる観光客の数はぐんぐん伸びていきました。しかし、ある時バードパークのあるスタッフが1ヶ月になんと$12,000を横領していた事がきっかけに、状況を変えようとあらゆる対策を講じましたが、その度に組合や不満が溜まったスタッフ、その他の蓄積していた問題があり、改善の見込みが薄いと判断した夫妻はバリバードパークを手放し、自分たちが一から始めたエレファントサファリパークの運営に集中することにしました。

彼らは今や20年続いているドールファクトリーもつくり、ここではエレファントパーク内のギフトショップに置かれている人形や象のぬいぐるみなどを製作しています。

エレファントサファリパークができる過程の中で、ナイジェル氏が住処を追われたスマトラの象たちを3000キロ離れたバリ島へ連れてくる際のリアルドキュメントは“オペレーションジャンボ”というドキュメンタリー映画となり、アニマルプラネットなどのテレビメディアを通じて世界中の動物ファンを魅了しています。

 

ナイジェル氏は“バリ島にはじめてやってきた白い象”というタイトルの子供用絵本も描いており、エレファントサファリパークのギフトショップで購入する事ができます。

 

ナイジェル氏は元電子機器会社の幹部であったが、崩壊した結婚生活や仕事に身を焼かれ尽くされ、オーストラリアからバリ島へ渡ったということです。彼はお金儲けの為にではなく、ただリラックスしたいという理由でやって来たのにもかかわらず、そのライフスタイルによってバリ島の多くのバリ人に生活の安定と輝く未来を与えることに大きく貢献しています。

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